今日は用事があって、川西市へ。
往路の八幡市で、住宅火災の現場に遭遇。
救急車で搬送された方がお亡くなりになられたことを、あくる日の新聞で知りました。
興味本位でなく火事の恐ろしさを皆様にアピールしたいがため、その時に写した写真の一部をあえてアップすることにしました。
皆様方が、私が意図した視点で火災現場の写真をご覧くださるであろうということを、信じて疑いません。
現場に着いてすぐに、被災した家のベランダに干してある洗濯物が激しく揺れている様子が目に飛び込んできました。
その洗濯物は、ほんの少し前にこの家の奥さんの手によって丁寧にしわを伸ばされ大切にベランダに干されたはず。
丁寧に干されたはずのその洗濯物が、今は火災の煙と炎に蹂躙され、そして放水に翻弄されていました。
それを見て、そして救急車が被災者の方を乗せて走り出した時、泣き虫godzillaは涙をこらえることができませんでした。
平穏な生活を一瞬にして破壊する恐ろしい火災。
今回の火災の原因は分かりません。
でも、少なくとも自分の過失で火災を起こしてしまうようなことがあっては絶対にいけないって、この日は強く思いました。
火災現場を後にして川西市へ。
川西市で用事を済ませたあと、伊丹空港の着陸スポットへ。
その後、更に西進。
午後4時時点で、更に西進することを諦め尼崎でUターン。
帰宅モードへ。
色んなことをいっぱい考える、私にとってとっても貴重な、そんな一日になりました。


本日の走行距離、約140km。(正確には140.10km)


2004年3月29日(木)




八幡市を走っていると、ひどい煙が流れてきました。
住宅火災です。
この火災で被災者が1名お亡くなりになられたことを翌日の新聞で知り、とてもショックを受けました。
亡くなった方が救急車で搬送される様子を、一部始終この目にしました。
お亡くなりになられた方は、私と全く同年齢の方。
ご冥福をお祈りいたします。
以下、その火災現場の写真をアップします。
火事の恐ろしさをかみ締めていただき防火への決意を新たにしていただきたいがゆえ、あえてこれらの写真をアップしました。
どうかその視点でご覧くださいませ。
一枚一枚の写真のコメントは、控えさせていただきます。
燃えている場所から離れた所で写真を撮っていても、かなりの熱さを感じました。
「出したらおしまい」。
そんな火災の恐ろしさを、今一度肝に銘じなくてはなりません。












怖さとやりきれなさ、そして自分の非力さを心から無念に感じながら火災現場を後にしました。
気をとりなおして、橋本の町並みを眺めながらのんびりと走ることにします。



堤防の上を通らずにここ橋本を通ると、交通事故の危険も少ないし、古い町並みを見ながら走ることができます。



樟葉を通過して、京阪牧野駅に近くなりました。
ここから、車の多い道に入ります。
堤防には。まだセイヨウカラシナがきれいに咲いていました。



京阪牧野駅近くから、淀川沿い自転車道に入りました。
少し走ると、枚方大橋が見えてきました。



雄大な淀川に沿って伸びる自転車道路の「上の道」を快適に走ります。



鳥飼仁和寺大橋着。



近畿自動車道と大阪モノレールの橋に着きました。



橋の反対側。
この橋には、鉄道の鉄橋も平行して通っています。



豊里大橋着。
そろそろ昼食時間です。



いつものおすし屋さんに行ったのですが、休みでした。(T_T)
そこで、「よってこ屋」でラーメンを食べました。
おいしかったぁ。(#^.^#)



城北公園。
桜は終わりましたが、つつじが満開でした。



雄大な、菅原城北大橋。



菅原城北大橋近くにある「千人つか」。
人類が行う最もおろかな行為が戦争。
そしていつの戦争でも、犠牲になるのは庶民。
今の日本の政治が再び戦争の犠牲者を出してもおかしくないような方向に向かっているようだと感じるのは、私だけでしょうか・・・。



日本未曽有の大敗戦の昭和20年6月7日残存せる大阪を壊滅せる大空襲により戦災死者数万人中身元不詳の千数百の遺体を此処に集め疎開家屋の廃材を以って茶毘に付す
鬼哭啾々たる黒煙天に柱し、3日3晩に及ぶ 悉く市民の奉仕協力による遺骨はその侭土中にして此処に葬る
訴うるに声無き無辜の国民の痛恨の空しく土に埋れ草に掩われて世に忘れ去られんを憂いて巷間の義人東浦栄二郎氏庭石に唯千人つかと刻して此処に置く
進駐軍治下と近畿地建の管理地なるを以てなり
爾来30有星霜香華絶ゆる事なきも世人この塚の謂われを知らず 茲に其の由来を刻しこの地下に眠る無事無縁の霊位の冥福を祈り国家安泰と軍官専横苛政による国民塗炭の痛恨と犠牲の再現を永く阻止し世界人類の和平を祈願する日本国民の総意を世に問うものなり
「千人つか由来記」より。



様々なことを考えながら「千人つか」を後にして、18門鉄橋に着きました。
赤川仮橋は、今日も健在。
でも、この木造の橋が壊されるのも時間の問題となってきた今、そのことが本当に残念だとの思いが捨て切れません。



大阪市内中心部の高層建築が見える場所まで、やって来ました。



毛馬着。



今日は大川沿いを南進せず、そのまま直進します。
BINさんが閉じ込められたことがあるトイレの前で舗装が終わり、ここから先はダート(地道)になります。



十三小橋を渡ります。
こんなに大きいのに、「小橋」だなんて・・・。
そんな奥ゆかしさが、私にはたまりませぬ。(*^。^*)



十三って、宇治市から自転車での〜んびり走っても3時間とかかりません。
意外と近いんです。



伊丹空港ターミナル前を通過。



公園で、ハンググライダーを見かけました。
面白そうだなあ・・・・。



川西市で用事を済ませてから、伊丹空港着陸スポットへ。
人が、とっても多いです。
連日大活躍のモスラ号は、今日は飛行機見物をします。(#^.^#)



滑走路の誘導灯。
この誘導灯は、夕刻になれば点灯します。
その美しさも、捨てたものではありません。
結構ロマンチックなんです。



デジカメの連写機能を、初めて使いました。
結構多くの枚数の写真が短時間で撮れることに、驚きました。
1回の連写で撮った写真のうちの半分ほどをアップしてみました。









伊丹空港着陸スポットのド迫力でした。



少しして、もう1機やって来ました。






この迫力は、何度ここに来ても驚かされます。
今日はこの2機で見物終了!
更に西進することにします。



伊丹空港着陸スポットを後にして、ドンドン西進。
JR尼崎駅に着きました。
何だかUFOみたいな、不思議な建築物。
時刻はもう午後4時です。
ここでUターンして、京都へ帰り始めることにします。



雄大な神崎川。



「なにわ自転車道」に入りました。



川の水は決してきれいだとは言えませんが、車やバイクに邪魔されることなく快適な走りができるなにわ自転車道。



信号もなく走れるので、自動車道路を走るのと比べてかなり速い平均時速になる走りができます。
前方上空に、伊丹空港に着陸する飛行機が見えてきました。



鳥飼仁和寺大橋のような橋も。



なにわ自転車道の東側の終点。
豊里大橋の、少し東側になります。



なにわ自転車道を出た後、淀川右岸のダートを走ります。



鳥飼仁和寺大橋が見えてきました。



鳥飼仁和寺大橋を渡り、淀川左岸を目指します。



淀川左岸に渡った後、喉が渇いたのでコンビニを探しながら国道1号線を走りました。
コンビニが全然ないまま走り続けて、枚方パークの観覧車が見える場所まで戻ってきました。
驚いたことに、JR尼崎駅からここまでまだ2時間も経っていません。



枚方大橋を、夕陽が優しく包み込みます。
中央右側に飛行船が見えていますが、この日は大阪市内上空をこの飛行船が飛び続けていました。
CMのための飛行船だったみたいです。



枚方付近で見かけたレンゲ畑。



日暮れが迫ってきました。



船橋川で日没を迎えました。
日暮れは本当に美しいですが、なぜか物悲しい・・・。



今日の一日。
火災に遭遇し、その怖さを体感しました。
そして、「千人つか」で手を合わせ、なぜ人間は戦争などするのだろうと、大きな怒りが湧いてきました。
緊急事態に対応できる知識と技量の必要性。
私は日赤認定の救急員資格を持っていますが、実際の現場で人工呼吸や心臓マッサージなどの蘇生法を実践したことは皆無。
常に技量を磨かなければいけないと痛感。
更に、今の日本政治の戦争へのきな臭い流れ。
じっとしていてはいけない、少なくとも黙っていてはいけない。
「千人つか」を見て、そう痛感しました。
色んなことを考えさせられた、そんな一日になりました。


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