今日は「大仏鉄道」遺構を探しに、奈良に行きました。
「奈良市民」さんの案内のおかげで、大仏鉄道跡の全遺構を見ることができました!
帰路で寄ってみた海住山寺(かいじゅうせんじ)の激坂には驚きました。
「暗峠」(くらがりとうげ)を彷彿とさせる、激坂でした。(@_@;)

本日の走行距離、約75km。(正確には77.17km)


2004年9月12日(日)





自宅を出て、山背古道(やましろこどう)に入りました。



蟹満寺着。
暑いので、一息入れます。



山背古道は、「路地」がとっても素敵です。



こんなのどかな風景を見ていると、過ぎ去った遠い遠い昔の記憶がよみがえってくるような気がします。



JR棚倉駅前の観光案内版。
その下には、蟹満寺の案内板も。



泉大橋通過。



泉大橋の上から見る、木津川の清流。



近鉄奈良駅前で、奈良市民さんと合流。
簡単な打ち合わせの後、さっそく案内していただきました。
これは、関西線と大仏鉄道が分岐していた場所。
草木の茂っている少し先辺りから、大仏鉄道は右へカーブしていきます。



この辺りにも、大仏鉄道の軌道敷がありました。



写真中央右寄りに見えているのが、奈良県立大学の門。
この辺りから、あの県立大学の敷地内へ線路が延びていたようです。



大仏鉄道駅の南端に当たる部分にある、モニュメント。
汽車の車輪の形です。



前方に橋が見えますが、あの橋を大仏鉄道の鉄橋が渡っていました。



コースを外れて、寄り道モード。
奈良らしい風景が広がります。



少年刑務所着。
昨日と今日の二日間は、「矯正展」で所内が開放されていました。
それにしても・・・。
素敵な建物です。



本館。
歴史を感じる素晴らしい建築物です。



少年刑務所を後にして、般若寺の裏口を通過。
庭園内が見えましたが、早くもコスモスの花が咲き始めていました。
間もなく夜間のライトアップも始まります。
コスモスの見ごろは10月初旬。
この秋に、妻と見に行く計画を立てています。



般若寺のすぐ近くにある、植村牧場着。
牛さんが、いっぱいいました。
この牧場は、障害がある人達をたくさん雇用しています。
私も一度、経営者の方の講演を聴いたことがあります。



植村牧場には、お馬さんもいます。(*^_^*)
馬を呼ぶ時にどんな合図をしていいか分からなかったので、犬を呼ぶ時のように舌を「チッチッ」と鳴らしてみました。
すぐこちらを振り向きましたが、後は知らん顔でした。(ーー;)



牧場内では、この牧場で生産された牛乳を原料にした、低温殺菌された牛乳や、ソフトクリームを楽しめます。
この牛乳は120円、ソフトクリームはLサイズで300円でした。



大仏鉄道の探索再開。
黒髪山付近。
前方の陸橋がある辺りはかつては山の一部で、陸橋の下辺りを大仏鉄道のトンネル「黒髪山トンネル」が通っていました。



陸橋の上。
「黒髪山切り通し」です。



陸橋の上から見た道路。
かなりの高さがあります。



元正天皇陵。
老律令をつくらせた平城京第二代目の女帝の御陵です。
この近くに、鹿川トンネルがあります。



やった〜。
鹿川トンネルがありました!
この上を、大仏鉄道が走っていました。
先ほどの「黒髪山トンネル」以外のトンネルは、ここ鹿川トンネルを含めて全て高架の軌道敷を横切るトンネルで、大仏鉄道の線路が通っていたトンネル跡ではありません。



またまた「ドラキュラの住まい」を通過。
この建物は、木津町の「木津南配水池」だそうです。
広大な建物なのに、無人・・・。
夜にここに入ったら、怖いだろうなあ。(@_@;)



松谷トンネル!
この上を、大仏鉄道が走っていました。



赤橋。
ここは先日Nさんと来ましたので、2度目の訪問です。
この上を、大仏鉄道が走っていました。



梶ケ谷トンネル。
このトンネルは現役で、通り抜けることができます。
この上を、大仏鉄道が走っていました。



梶ケ谷トンネルの内部。
とても今から100年以上も前のものとは思えません。



梶ケ谷トンネルを抜けると、とってものどかな風景が広がっていました。



先へ進みます。
この道路が、鉄道の軌道敷の跡です。



大仏鉄道と、旧関西線の交差部分。
上を大仏鉄道が走り、その下を関西線が走っていました。
関西線は、大仏鉄道の軌道の下を通るトンネルで、大仏線と交差していたのです。



大仏鉄道の軌道敷の下のトンネル。
今は水路になっていますが、かつては関西線がここを通っていました。



橋脚跡。



橋脚跡。
向こうのすぐ下を関西線の線路が走っており、電車を見ることができます。



橋脚跡。
手前が大仏鉄道のもので、向こうが今の関西線橋脚。
何だかとっても不思議な光景でした。
「大仏鉄道ってホントにあったんだなあ・・」。
そう一番強く感じた場所が、ここでした。



収穫寸前の田んぼには、マンジュシャゲの花が。
農作業の方に声をかけて尋ねると、今年はマンジュシャゲの開花が遅かったとか。



のどかという表現以外の修飾詞は不要。
のんびりとペタルを踏んでいると、心が風景と溶け込むようでした。



かつては、日本のどこにでも見られたこのような風景。
私達は、大事なものを失ってしまったのかもしれません。



やまだのな〜かの、一本足のか〜かし♪



加茂駅近くまで来ました。
SLの展示が。



加茂駅のランプ小屋。
ランプなどの道具がしまわれていました。
裏に回って戸の隙間から中をにおうと、機械油のにおいがしました。
一瞬、100年の時を遡ったようなそんな気持ちになりました。



ランプ小屋には「明治30年10月」の文字が。



大仏鉄道の探索を終えて、恭仁宮跡に向かいます。
恭仁大橋から、木津川下流を眺めます。



恭仁宮跡着。



近くには、コスモスが咲いていました。



恭仁小学校。
今でも木造校舎です!



素晴らしい環境で、子ども達は勉強しているんですね!



海住山寺への分かれ道で、今日半日の案内をしてくださった「奈良市民」さんに、お礼を言って別れました。
私は単独で、海住山寺を目指します。
それにしても、すごい激坂です。



この辺りの上りは、暗峠の奈良側からの上りの一番きつい所と同じような傾斜です。
大汗をかいて上りました。



傾斜がきついはず。
ほんの少しの距離で、これ程の標高をになりました。



海住山寺着!
暑かったぁ。(@_@;)



五重の塔。
鎌倉時代の国宝です。



落ち着いた雰囲気の境内を散策します。



何と!
鎌倉時代の岩風呂がありました。



巨大なすび発見!
でもこれって何だろう・・・・?



「願いをかなえるなすのこしかけ」だそうです。
少しだけ、座ってみました。(^_^;)



そうだ、そうだ。
もっともだ〜。
お寺の言葉は、本当にいいものが張ってあることが多いですね。



下山開始。
激坂なので、ダウンヒルを楽しめません。
転ばないように慎重に下ります。



木津川右岸沿いに、国道163号線を走ります。



城陽市内に入りました。
間もなく、日没。



日暮れです。
早く家に帰ろうっと!


奈良市民さん、ありがとうございました。
念願だった大仏鉄道跡の探索を、おかげさまで終えることができました。
でも、復習しないとすぐに場所を忘れそうです。
鉄道跡周辺の緑あふれる大自然も素晴らしかったです!
またこれからも、何度も行きたいなって思いましたす。


チャリ旅3へ戻る




inserted by FC2 system