920ヘクトパスカルの強烈な台風21号が接近してきた一日。
幸い、かなり南を通って近畿地方を通り過ぎました。
朝からの雨が上がった夕刻に、宇治川と木津川付近を少しだけ走りました。

本日の走行距離、約20km。(正確には22.45km)

2004年10月9日(土)




雨が降る午前中。
久しぶりに、私の得意なデザートである「フルーツ寒天」を作りました。
この白い器は、直径が30cmほど。
その白い器に入りきらない程作りますので、大き目のどんぶりも使います。
この白い器と大き目のどんぶり1杯分作っても、明日には完全になくなってしまうのです。(@_@;)



昨日から降り続いていた雨がやみました。
路面が乾いてきたので、少しだけ走ろうと外に出ました。
宇治橋西詰着。



右に平等院を見ながら、宇治川左岸の石畳をの〜んびりと走ります。



塔の島へ入れるようになっていました!
早速、塔の島へ渡ります。



塔の島へ渡る橋の上。
鵜飼見学用の屋形船が、増水に備えてつながれています。



塔の島から、朝霧橋で右岸に渡ります。



朝霧橋も上から見た宇治川下流。
数日前より水量は減ったものの、それでもかなりの増水。



橋寺放生院(常光寺)。
宇治橋の守り寺とも言われます。
鎌倉時代に、奈良の西大寺の僧である叡尊が宇治橋の架替えの際に行った橋供養の時に建立されたとつ伝えられています。



橋寺放生院の境内には、十二支守本尊像も祭られています。
私の干支のご本尊様は、右から二体目です。



日本最古の石碑である「宇治橋断碑」。
境内にあるこの「宇治橋断碑」は、大化2年(646年)に宇治橋が架けられた際に作られました。
架橋の理由などが細かく記載してあります。
流出して行方が分からなくなっていましたが、1791年に寺近くの地中から、断片が発見されました。
その後、書物に収められていた碑文によって、全ての碑文が分かりましたのでなくなっていた3分の2を補って再建されました。
「断碑」の名の由来です。



宇治川を後にして、木津川に着ました。



かなりの増水。
木津川の流れは1本ではありません。
左側の島のようなものの手前の流れは久御山町側の流れで、普段は幅1mほど。
ところが今日は増水し、本流と1つになって流れていました。



久御山町側の流れの上流を望む。
大河の雰囲気さえ漂う流れです。


近畿地方に台風22号の大きな被害がなく、一安心。
でも関東地方では、大荒れの天気です。
被害が広がらなければいいのですが・・・・。
それにしても河川の表情は、日々異なるのに驚きます。



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